第1 事件自体の評価も軽く触れる
今年の東京大学の五月祭で、とある講演が実力で妨害される事件が起きたらしいのだが、私は入院や手術等の事情により、感想や主張を発表する時期を逸してしまった。
とはいえ、この事件自体への私の評価は、旧Twitter等で法律家の多数派が語ったこととほぼ同じであった。
具体的には、「1 講演者の表現を実力行使で事前抑制するなど、あってはならない」、「2 表現の事後に、その表現が何らかの法に触れたと考えたなら、民事であれ刑事であれ適正手続きに則って対処すべき」、「3 その表現が合法だが個人的に気に食わない場合には、表現の自由市場で戦うべき」、「4 現行法上合法な表現であったが、違法化すべき内容だと考えたなら、講演者個人を攻撃するのではなく、立法や改憲のための努力をすべき」という、法律家の多数派の意見にほぼ賛成である。
だから、事件直後の論戦に参加できなかったことには、大した悔いがない。私よりもっと立派な法律家がより説得的に同じ意見を語っているのであるから、その尻馬に乗る必要は無い。
むしろ、この事件から派生的に考えていることのほうを列挙してみたい。なお「考えたこと」ではなく「考えていること」なので、結論に至っていないものも多々ある。
第2 講演を妨害しても、現代ではあまり利益はなさそうに感じる。
善悪や法的な評価はさておき、現代において「講演を妨害する事」にそもそも何の世論工作の戦略的意味があるのかが、そもそも私には疑問であった。
過去の世紀の記録を見ていると、国家権力や対立団体が講演を妨害することは日常茶飯事であった。それは「人類がまだ表現の自由市場の価値に気付ききっていなかったから」という理由もあろうが、同時にまた「マスメディアもインターネットも発達していなかった時代には、その戦い方にも一定の効果があったから」という理由もあろう。
現代において実力で他人の講演を妨害しても、講演者は数百人向けに語る予定であった内容をインターネットで数万人から数億人向けに語ることができ、妨害者はその妨害行為が全世界に晒されるのである。
この観点から考えると、現代において講演を妨害しても、20世紀までとは違って、妨害者の陣営にはあまり利益が無いように感じられるのだが、いかがなものであろうか?
それとも日本ではまだまだ、講演を妨害すると一定の利益になるのであろうか?
私は、ここまで考えたところで、更に次の連想に飛んだ。
第3 「私はシャルリー」運動が起きなかったという問題
フランスで一部から「差別的表現をしばしばしている」と評価されていたシャルリー・エブド紙の表現が実力で妨害されたとき、普段はシャルリーと異なる気品や価値観を持っている人たちが、一斉に「私(が・は)シャルリーだ」というスローガンを唱えてテロリストを圧倒した。
「テロリストさん、シャルリーを殺したいだって? 私がそのシャルリーだ、撃ってみろ!」という意味が込められていたという
今回の事件では、五月祭の前から講演が妨害されることが予告・予想されていたにもかかわらず、品位や政治思想の壁を越えて「私が本物の神谷宗幣で、講演会場に向かったのは影武者だ。さあ殺してみろ!」と妨害者たちに挑んだ東大生の有志は、管見の限りでは見当たらなかった。
せいぜいお上品に、「講演を妨害しに来たあの有名人たちは、○時ごろあの地点でこう振舞っていた」という映像を撮影した人達がいただけであった。もちろん、これはこれで立派な行為であり、客観的な記録を残した方々には敬意を表する。
しかし、泥臭く命懸けで表現の自由市場を守った学生が(ほぼ)いなかったという点に着目したとき、「ひょっとすると、この傾向こそが、日本ではまだ実力行使による表現の妨害に一定の戦略的利益があると思う者がいることの原因なのではないか?」と思ったのである。
第4 「自由が無い」と分類される国の自由主義
ここで思い出したのが、1991年に山東電視台と済南電視台の合作として作られたドラマ『孔子』の最終回の場面である。
孔子が『春秋』を編纂していると、自分の一族が批判的に書かれるのを怖れた大貴族がやってくる。「私には貴方の春秋編纂を停止させる権力があるのですぞ」と脅すと、孔子は「そうなったらむしろ好都合。天下に偏在する私の数千の弟子たちが、代わりに一作ずつ『春秋』を編むでしょうからな」と返す。ここで大貴族は諦めて去っていくのである。
「表現の自由が無い国」と分類される中国であるが、そこで作られたドラマのこの場面には、「私はシャルリー」に匹敵する自由の精神が顕現している。
これと比べて、偶然「自由主義的な憲法の国」に生まれた日本人たちは、どれだけ自由主義を血肉に出来ているであろうか? 血肉にできていないから、そこに乗じる暴力的な勢力が次々に登場するのではなかろうか?