溝口梓里の日々精進

他者のプライバシー保護を重視するので、激動の日記にはなりません。個人的信念の吐露と、公開型の書籍・講演・試験への感想とが、主な内容。

「五十六」という新潟県の酒に遭い、ついに私にも贔屓の日本酒ができました。

 ある偉い人たちとの会合がありました。

 日本酒の銘柄の選択肢が大量にあった店だった上、私には贔屓の銘柄なんてものがなかったので、二杯目は適当に「地域に親しむため」という理由をつけて「五十六」という新潟県のお酒を選びました。

 しかし一口目を飲んだ瞬間、「これは私との相性が過去最高だ!」と感じました。

 さすがはお米の国、新潟県です。

 私は飲食の好みについては、「素材は北海道、味付けは愛知県」を至高としてきましたが、それに加えて「酒は新潟県」になったかもしれません。

安部ねり著『安部公房伝』(2011 新潮社)は、減点対象も多いが、加点部分だけでも存在意義のある著作であった。

 安部公房の娘である安部ねり氏の『安部公房伝』(2011 新潮社)を読んだ。

 率直に言って、文句をつけたい部分が多かった。

 第一に、文豪の娘とは思えない程、文章が下手。例えば、安部公房の表記すら「父」だったり「公房」だったりで統一感が無く、意味のある書き分けの痕跡も見いだせなかった。

 第二に、内容が不正確であること。例えば、148ページでは「ラテン語は動詞は最後に来る」と決めつけているが、実際には最後に来るとは限らない。現代英語と違い、位置よりも格変化で意味を汲み取らせるのがラテン語だ。

 第三に、情報提供者として不親切であること。例えば、安部公房の父親が「安部浅吉」であることまでは教えてくれるが、「あさきち」なのか「せんきち」なのかは教えてくれない。

 従って、読書の目的が「美文を味わうこと」に尽きている人には、到底お薦めできない。

 それでも私自身は、本書は書かれないよりは書かれたほうが良かった書籍の一つに数えた。その理由は、安部文学の解釈に役立つ大量の「近親者だけが知る情報」の掲載という、大幅な加点要素があったからである。

 食事に喩えよう。

 食事の目的が「瞬間的な味覚」に終始している人には、「この料理に使用した塩は、21世紀に新製法が確立されたんです。ちなみに20世紀の技術で同じ料理をするとこのサンプルのレベルの味になります。なぜなら」といった情報は余計であり、「わざわざ二級品を食わせるな」と怒りすらするであろう。

 しかし、材料や調理方法の知見を得て類似品と比較した上で、脳と舌とで総合的に料理を味わいたい人にとっては、そうした情報は一級品をさらに味わい深くするための貴重な無形の調味料なのである。

長岡名物、洋風カツ丼を食べました。

 長岡市に親しむため、長岡名物の洋風カツ丼を食べに行きました。

 ソースはデミグラスとケチャッブベースの2種類あって迷いましたが、そういう人のためにも両方の味が楽しめるバージョンがありました。

 どちらかというで、デミグラスが好みでした。

 カレーも美味しい店なので、飽きずに通えそうです。

長岡花火に感動しました。

 撮影こそあまりうまくいかなかったのですが、長岡花火を連夜楽しめました。

 規模といい見物客の多さといい、間違いなく日本有数の花火です。

 新潟県に住み始めてわずか数日でこんなビッグイベントに遭遇できたのは、まことにありがたい縁だと思っております。

新潟県弁護士会館を、移籍の記念を兼ね、訪れました。

 新潟県弁護士会に移籍しました。

 略称が「にいべん」なので、特に外国人が相手の時は第二東京弁護士会の略称である「にべん」と間違われないよう、発音に注意しなければなりませんね。

 移籍の記念を兼ね、会館を訪問しました。

 ゆるキャラいっぱいで、楽しそうです。

山本五十六記念館と河井継之助記念館を訪問しました。

 長岡市の山本五十六記念館と河井継之助記念館を訪問しました。

 山本五十六記念館は、館内での写真撮影がNGでした。外観だけ撮影しました。

 河井継之助記念館では、一部の展示物の写真撮影が可能でした。

 二人とも、「個人としては未来が見えていたのに、旧体制側での戦いの中で死亡せざるを得なかった」という悲劇の人です。

 また今回の記念館訪問で知ったのですが、二人とも幼いころから勤勉だったようです。

 私も日々精進して刻苦勉励しなければならないな、と、改めて思いました。