溝口梓里の日々精進

他者のプライバシー保護を重視するので、激動の日記にはなりません。個人的信念の吐露と、公開型の書籍・講演・試験への感想とが、主な内容。

八百富神社に参拝しました。

第1 八百富神社へ

 愛知に来て以来、仕事・研修・資格・入通院で忙しく、ほとんど観光というものができないでいましたが、このたび一念発起してかの有名な八百富神社に参拝に行きました。

 神社のある有名な島が肉眼で見えてきました。本州の陸地から400メートルしか離れていないのに、生態系がまるで違っていて、天然記念物に指定されているのだとか。

 八百富神社の祭神の一柱でもある、藤原俊成。三河守時代にこの付近の開拓に尽力したそうです。全国的には「定家の父」という業績のほうが有名ですが。

 うまく左右対称に撮れなかったのが残念。

 こちらは陸地側の八百富神社なんですが、この神社建築における参拝の構図から考えるに、島全体が一個の御神体になっていると、解釈できます。

 島への橋。随分幻想的ですが、そこにやや場違いに感じるデザインの像が加わることで、西洋風ファンタジーの風味が若干混じっています。

 島に着くと、雅楽の音が聞こえてきました。

 ここで感じた宗教的高揚感を伴う感動は、今までの人生の神社めぐりにおいて、五本の指に入ります。年末年始等の高揚して当たり前の例外的事態を除けば、上位三位にも入っているかもしれません。

第2 海辺の文学記念館

 かつては大きなホテル内の一施設だったらしいのですが、今は文学記念館になっています。

 蒲郡と縁のある文学って、こんなにあったんですね。

 賀川豊彦は特に顕彰されていました。有名な人物ですが小説はまだ読んだことがなかったので、せめて『一粒の麦』は読んでみようかな、と思いました。

第3 生命の海科学館

 こちらは元々の目的ではなかったのですが、寄りました。

木庭顕『誰のために法は生まれた』(2019 朝日出版社)読了。高尚さに感銘を受け、一抹の不安も感じた。

 集団の力の前に個人が苦闘する内容の古典を観賞し、それを通じて、個人の側での対策としてのギリシア・ローマから続く「法」という試みを称揚する内容になっている。

 古典を解読しながら法を語る書籍は多いが、古典の解釈力においても、語られる法思想の奥深さにおいても、そうした書籍の大半を「類書」と呼ばせないだけの高度な内容となっている。

 ただし、著者の定義する「法」や「政治」は、一般的用法と比較して非常に狭い。多様な法思想・政治思想に触れたあとならば、「この定義の狭さこそ、崇高な志を持つ木庭先生のカラーだ」と楽しめるのであるが、無垢な中高生には刺激が強すぎるのではないかと思った。その強い刺激が少数の明日の天才を生むのかもしれないが、同時に天才になれなかった者たちに予後の悪さを与えてしまうのではないか、と不安に襲われた。

 「元々が中高生向けの講義であり、中高生でも読める文体だから」という理由で安易に少年少女に薦める前に、大人もまず本書を最初から最後まで熟読玩味した上で、結果に責任を持てると確信してから薦めてほしい。

「半快」記念に、IMAGAWAさんと高級ハンバーガーをいただきました。

 手術のあと、一ヶ月ぐらい症状がまったく緩和されず、「これは下手をすると、手術前より苦しい」という悲劇的な感想が続きました。

 しかし先週月曜日の朝、目覚めると、急に苦痛が半分ぐらいになっていました。

 この「半快」を記念して、IMAGAWAさんと高級なハンバーガーを食べました。

 こんな美味しいハンバーガー、初めていただきました。

 あと、「バーボン」を生まれて初めて飲みました。

IMAGAWAさんに慰問会を開いていただきました。

 退院から約半月経過しましたが、さっぱり回復の兆しがなく、かなり落ち込んでいました。

 それを見かねたIMAGAWAさんが、慰問会を開いてくれました。

 かなりアングラな雰囲気のビルの中にある店だったので不安でしたが、入ってみるとかなりお上品でした。

 お酒が来ました。何ヶ月ぶりでしょう。

 肉も食べ放題だったので、大量に食べました。

 中々回復しないとはいえ、食べ終わる頃にはプラス思考になれました。

 「この慰問会が弔問会にならなくて、本当に良かった」と。

哲学者の萱野稔人の『死刑 その哲学的考察』(2017 筑摩書房)を読み、「部外者の意見」の取り入れ方にも思いを馳せた。

第1 総論

 萱野稔人の『死刑 その哲学的考察』(2017 筑摩書房)を読んだ。入退院と術後の不調もあって時間がかかってしまったが、普段であれば一晩で読み切ってしまったであろう読みやすさであった。

 感想を一言でまとめると、「著者は、良くも悪くも「一般哲学者」であって「法哲学者」ではない」である。

第2 一般哲学者であることの、光と影

 一般哲学者であることの良い面としては、「視野が広く、思考のための比較対象を多々用意出来ること」、「視野が広く、外交等の話題にも話を拡げられること」、「様々な流行の論法やドグマの欺瞞を暴くことになれていること」である。哲学者は思考のプロなんだな、と何度も感心させられた。

 悪い面としては、「巨人の肩に乗る」ことを拒否してゼロからものを考えているため、法哲学では常識の一概念を語るのに膨大なページが費やされていたり、本来なら検討してしかるべき観点が一切無視されているということである。恐ろしいことに、刑の意義に関する「前期旧派」「後期旧派」「新派」の三つ巴の対立すら履修していないため、「死を望む宅間守に死刑を適用することの意味」で延々と悩んでいたりする。

第3 理想の部外者

 以上を踏まえ、今度は前述の感想を長めに語る。「これ一冊で死刑をわかった気になるのは危険極まりない。しかし、法律家の書いた死刑関連本を何冊か読んで基礎的な概念を把握した後に、本書の着眼点の柔軟性や思考の方法を取り入れれば、死刑についての理解も深まり、かつ理解の浅い人との対話能力も高まるであろう」である。

 まさに『論語』為政編の「子曰く、学びて思はざれば則ち罔し。思ひて学ばざれば則ち殆し」である。

 この警句を知っている人でも、「思ふ」を単に「王道を学んだ後に、我流で色々と思いを馳せる」ぐらいの意味で活用している場合が多いが、実に勿体ない話である。哲学や論理学といった「思い方」をサポートしてくれるツールが本書を含めて多々存在しているのであるから、それらが世間的に「学び」に分類されていようとも「思ひ」のほうに取り入れていくべきなのだ。

 これは組織的思考でも同じである。有識者の会議で「柔軟な発想を取り入れるため、あえて素人も混ぜましょう」というとき、本当にズブの素人を連れてきたのでは勿体ない。「そのジャンルでは部外者であるため素人だが、大局的視野を持ち、思考能力が高い」という、本書の著者の様な人物を連れてきてこそ、会議も稔りあるものとなるのである。

闘病しながらも、愛知県弁護士会館に研修で三日間通いつめました。

第1 26日午前の通院

 手術が終わって退院したものの、一向に症状が軽くならず、いまだに通院を続けていますし、数時間に一度は3種類の薬を5分以上空けて使わなければならない状態です。

 この日も午前は通院で潰れました。

 手術のときも「どれぐらいの期間入院しなければならないか、切ってみないとわからない」と言われましたが*1、同様にこの術後の症状も「まだいつまで続くか分からない」と言われています。

 普段弁護士として「ここで断言してしまう弁護士は、無能者か卑怯者」と思いながら「それはまだ何とも予測がつきかねますね」と言っている立場なので、この医師の「まだ予測できないことは正直にそう言う」姿勢を高く評価し、信頼しています。

第2 26日午後の定期総会

 愛知県弁護士会では「総会への出席」も新人の義務研修の一環とされているので、特に主張したいことも監視したい予算も無い状態で定期総会に行きました。会場は愛知県弁護士会館であり、病院から直行しました。

 こんな動機で出席しましたが、開始30分前に別の勉強になるイベントもセットで存在していたので、あまり時間を損した気分にはなりませんでした。

 ただし早めに着きすぎてしまったのは大失敗でした。「前からつめて座って下さい」と言われたせいで、多数決の際に「多数派におもねる」タイプの挙手ができず、初めての定時総会なのに、全部自分の頭で判断しなければなりませんでした。

第3 27・28日の研修、78期とともに

 27・28日は、朝10時から夕方まで「遅刻・欠席・早退・途中退室」が厳禁の義務研修を受けてきました。会場はやはり愛知県弁護士会館。

 78期の弁護士が主役のものだったのですが、私は途中入会者であったため、混じって受講することになりました。

 前述の「数時間ごとに薬を使わなければならない」という立場だったので、かなり苦労しました。講義中に変な動作をして失格になっては大変なので、休み時間を事前にしっかりチェックして計画を立てなければなりませんでした。

 なお、講義の内容自体には大満足。

 終わったあとは懇親会もあったようですが、どうやら私は参加申請をしていなかったようでした。

 「キャンセル者も出たので待っていれば参加できるかもよ」と言われたのですが、この三日間で体力も精神力も尽きかけていたので、そのまま帰宅しました。

五月祭の講演妨害事件から派生的に考えている諸々のこと

第1 事件自体の評価も軽く触れる

 今年の東京大学の五月祭で、とある講演が実力で妨害される事件が起きたらしいのだが、私は入院や手術等の事情により、感想や主張を発表する時期を逸してしまった。

 とはいえ、この事件自体への私の評価は、旧Twitter等で法律家の多数派が語ったこととほぼ同じであった。

 具体的には、「1 講演者の表現を実力行使で事前抑制するなど、あってはならない」、「2 表現の事後に、その表現が何らかの法に触れたと考えたなら、民事であれ刑事であれ適正手続きに則って対処すべき」、「3 その表現が合法だが個人的に気に食わない場合には、表現の自由市場で戦うべき」、「4 現行法上合法な表現であったが、違法化すべき内容だと考えたなら、講演者個人を攻撃するのではなく、立法や改憲のための努力をすべき」という、法律家の多数派の意見にほぼ賛成である。

 だから、事件直後の論戦に参加できなかったことには、大した悔いがない。私よりもっと立派な法律家がより説得的に同じ意見を語っているのであるから、その尻馬に乗る必要は無い。

 むしろ、この事件から派生的に考えていることのほうを列挙してみたい。なお「考えたこと」ではなく「考えていること」なので、結論に至っていないものも多々ある。

第2 講演を妨害しても、現代ではあまり利益はなさそうに感じる。

 善悪や法的な評価はさておき、現代において「講演を妨害する事」にそもそも何の世論工作の戦略的意味があるのかが、そもそも私には疑問であった。

 過去の世紀の記録を見ていると、国家権力や対立団体が講演を妨害することは日常茶飯事であった。それは「人類がまだ表現の自由市場の価値に気付ききっていなかったから」という理由もあろうが、同時にまた「マスメディアもインターネットも発達していなかった時代には、その戦い方にも一定の効果があったから」という理由もあろう。

 現代において実力で他人の講演を妨害しても、講演者は数百人向けに語る予定であった内容をインターネットで数万人から数億人向けに語ることができ、妨害者はその妨害行為が全世界に晒されるのである。

 この観点から考えると、現代において講演を妨害しても、20世紀までとは違って、妨害者の陣営にはあまり利益が無いように感じられるのだが、いかがなものであろうか?

 それとも日本ではまだまだ、講演を妨害すると一定の利益になるのであろうか?

 私は、ここまで考えたところで、更に次の連想に飛んだ。

第3 「私はシャルリー」運動が起きなかったという問題

 フランスで一部から「差別的表現をしばしばしている」と評価されていたシャルリー・エブド紙の表現が実力で妨害されたとき、普段はシャルリーと異なる気品や価値観を持っている人たちが、一斉に「私(が・は)シャルリーだ」というスローガンを唱えてテロリストを圧倒した。

 「テロリストさん、シャルリーを殺したいだって? 私がそのシャルリーだ、撃ってみろ!」という意味が込められていたという

 今回の事件では、五月祭の前から講演が妨害されることが予告・予想されていたにもかかわらず、品位や政治思想の壁を越えて「私が本物の神谷宗幣で、講演会場に向かったのは影武者だ。さあ殺してみろ!」と妨害者たちに挑んだ東大生の有志は、管見の限りでは見当たらなかった。

 せいぜいお上品に、「講演を妨害しに来たあの有名人たちは、○時ごろあの地点でこう振舞っていた」という映像を撮影した人達がいただけであった。もちろん、これはこれで立派な行為であり、客観的な記録を残した方々には敬意を表する。

 しかし、泥臭く命懸けで表現の自由市場を守った学生が(ほぼ)いなかったという点に着目したとき、「ひょっとすると、この傾向こそが、日本ではまだ実力行使による表現の妨害に一定の戦略的利益があると思う者がいることの原因なのではないか?」と思ったのである。

第4 「自由が無い」と分類される国の自由主義

 ここで思い出したのが、1991年に山東電視台と済南電視台の合作として作られたドラマ『孔子』の最終回の場面である。

 孔子が『春秋』を編纂していると、自分の一族が批判的に書かれるのを怖れた大貴族がやってくる。「私には貴方の春秋編纂を停止させる権力があるのですぞ」と脅すと、孔子は「そうなったらむしろ好都合。天下に偏在する私の数千の弟子たちが、代わりに一作ずつ『春秋』を編むでしょうからな」と返す。ここで大貴族は諦めて去っていくのである。

 「表現の自由が無い国」と分類される中国であるが、そこで作られたドラマのこの場面には、「私はシャルリー」に匹敵する自由の精神が顕現している。

 これと比べて、偶然「自由主義的な憲法の国」に生まれた日本人たちは、どれだけ自由主義を血肉に出来ているであろうか? 血肉にできていないから、そこに乗じる暴力的な勢力が次々に登場するのではなかろうか?