第1 読書の動機
1 講演の予習
約一か月後に著者の講演を聞くことになったので、その予習として読んだ。
2 個人受任の予習
某先輩から「老舗企業には長年の付き合いのある老弁護士がいるのが通常だから、新人弁護士は新興企業を狙っていくといいよ」と助言されていたので、起業というものを果たしたばかりの人や組織には非常に強い興味を持っていた。
その戦略の予習の一環としても読んだ。
第2 内容紹介
スタートアップについては非常に多くの「切り口」からの研究があるようで、それらの切り口が網羅的に紹介されていた。『スタートアップ研究概論』という書名でも十分通用するような内容である。
よって油断をすると非常に無味乾燥な専門書になりかねない内容である。しかし著者は、諸研究の成果を上手な順番で配置して柔らかい文体で連結していくことで、「スタートアップとは、経済学的にどういう意味を持ち、どんな人がどういう動機で挑戦し、どの程度の割合がどんな要因で成功していくのか」という、題名に相応しい内容を自然に浮き彫りにしている。この手法は天才的であり、大いに学びたいと思ったものである。
各研究においては変数は当然ながら原則として一つであるので、「起業」や「ベンチャーへの投資」や「ベンチャー潰し」等の自身の経済活動のために本書を手に取った読者は、各研究の情報を過大視せずに「これならば有利ポイントが50で、不利ポイントは30」等の総合評価をすることが必要となる。また「しかし、例外的に甲業界では話は大いに異なる」等の注釈を自分で作っていくべきであろう。
8月17日の中原翔氏の著作の紹介記事*1で「抽象論と具体論の二冊でセット」という話を書いたが、同様の理由から、本書についても読者としては具体例が大量に収められた他の書籍を併読して知識に磨きをかけるべきかもしれない。
第3 個人的感想等
1 我が身とも直接の関係があった。
私は「独立は、ほぼ考えていない」と公言している。
しかし本書の序盤の時点で、それはあくまで法的な所属の話であり、「個人受任をするかもしれない存在」になるということが周囲の社会に及ぼす影響は経済学的にはスタートアップと同じであるということに気づかされた。
ならば私もまた既にスタートアップの徒輩、「個人受任において一定の成功を収めるためにも、我が事として気合を入れて読もう」という心構えができた。
2 「出口」も重要だと再認識した。
本書の「新興企業は消えやすい」という現実的データと「出口」を重視する記述のおかげで、スタートアップ企業への法的助言には、創業時ならではのものだけでなく、終わりをまっとうするタイプのものも重要だと気づいた。
個人と関わるときに最初から相続問題まで想定するのは縁起でもないが、法人の問題では互いにドライに割り切って利潤を確保していく必要がある。
「創業者が経済的に成功してさっさと引退する」というケースではM&Aの知識が、「失敗して撤退する」というケースでは倒産法関連の知識が、それぞれ役立つことであろう。
そういったものについてもしっかり学び続けていてこそ、純粋な創業時の経営の助言においてすらも「深み」というものが滲み出るのではないかと愚考している。